やわらかな日差しの日が増え、街のあちこちで桜が咲きはじめました。通りすがりに足を止めて眺めたり、少し遠回りして歩いてみたり。そんな時間が心地よく感じられる季節です。新年度は新しい生活が始まるタイミングでもありますよね。ご家族の環境が変わったり、日々の過ごし方に少し変化があったりと、それぞれに新しいスタートを迎える季節。ハローエレファンの工房でも、早朝のサンドイッチ作りを手伝ってくれていた大学生の女の子がこの3月で卒業しました。新年度からはJALに就職するそうで、「CAではなく、力仕事の方なんですけどね」と笑いながら明るく旅立っていきました。少し寂しさもありますが、こうした別れや旅立ちもまた、春らしい風景のひとつなのかもしれません。
そして春は、こうした“変化”だけではなく、“ちょっとした偶然”を楽しめる季節でもあるなと思います。大人になると、なんだか毎日が予定通りになりませんか?いつもの道、いつもの職場、いつもの店、いつもの1日。それは安心できる一方で、気づけば記憶に残らない「いつもの1日」になっていることも…。だからこそ春は、そんな「いつもの」を少し崩すのにちょうど良い季節。温かくなり始めた陽気になんとなく外に出たくなったり、ちょっと遠回りしてみたり、特に目的もなく歩いてみたり。そんな“意味のない時間”が、なぜか心地よく感じられる。そして、そういうときにふと、思いがけない出会いや発見があったりします。
「セレンディピティ」という言葉があります。思いがけない素敵な偶然や、偶然の幸運を意味するそうです。たとえば、コロンブスがインドに向かう途中で航路を誤り、結果としてアメリカ大陸を発見したことや、接着剤の開発に失敗したことで、“粘着力の弱さ”を活かしたポストイットが生まれた話なども有名な話ですよね。もう少し身近なところでも、間違えて買った洗剤が意外と使いやすかったり、予定が空いた日にふらっと歩いていたら素敵な喫茶店を見つけたり。そんな経験、意外とあるのではないでしょうか。
ただ、こうした出来事は“たまたま良いことが起きた”というより、同じ出来事でもどう受け取るかで意味が変わるとも捉えられます。たとえば、道を間違えた日もただのミスで終わることもあれば、「普段見ない景色に出会えた日」と捉え直すこともできます。つまりセレンディピティとは、偶然そのものではなく、偶然の中に価値を見つけること。失敗やミスのように思える出来事も少しだけ視点を変えることで、別の意味を持ち始めます。セレンディピティは、“起きるもの”というよりも、“見つけにいくもの”なのです。
さあ、繰り返される毎日を、ほんの少しだけ飛び出してみませんか。遠回りでも、いつもと違うお店でも。ほんの小さな選択の違いが、思いがけない出会いにつながることもあります。セレンディピティは、特別な場所にあるものではなく、きっと日常のすぐそばにあって、まだ気づいていないだけなのかもしれません。移動販売の車でも、少しいつもと違うものを手に取ってみる。それが、新しいお気に入りとの出会いになることもあれば、今日という一日を、少しだけ特別にしてくれるかもしれません。
