敬老の日と秋分の日 ― 受け取った命のバトン

9月には、少し不思議なことに「似たようなテーマを持つ祝日」が並びます。ひとつは敬老の日(今年は9月15日)、もうひとつは秋分の日(9月23日)。まったく別の祝日のように思えますが、実はどちらも「命のつながり」を見つめる日とも言えます。

敬老の日の起源は、兵庫県多可町という小さな村にあります。戦後間もない1947年、当時30代の村長・門脇政夫さんが「年寄りを大事にする日をつくろう」と提案し、村で「としよりの日」を始めました。この戦後の社会をもう一度人間らしく立て直そうとする取り組みは徐々に広まっていき、のちに敬老の日として国民の祝日になったそうです。

ちなみに、日本では法律や統計上65歳以上が高齢者とされていますが、最近は「75歳からを高齢者とすべき」という議論も出ています。確かに今元気なシニアの方、多いですよね。私たちの工房でも、最高齢のスタッフさんは90歳。今も誰よりも朝早い時間に出勤し、元気に頑張ってくれています。年齢の数字よりも「誰かの役に立ちたい」という気持ちこそ、人を生き生きとさせるのかもしれません。敬うという言葉の意味を改めて思わされ、身を引き締められます。

一方の秋分の日は、太陽が真東から昇り真西に沈む特別な日。昼と夜の長さがほぼ同じになり、自然のバランスを感じられる日でもあります。仏教では「彼岸と此岸がもっとも近づく日」とされ、ご先祖を供養する風習が根付きました。お墓参りやおはぎを供えるのも、この日が「亡くなった人へ想いが届きやすい日」と考えられてきたからです。ハローエレファンでも、この季節に合わせて特製のおはぎを用意しています。ご先祖様に手を合わせたあと、ご家族で召し上がっていただけたら嬉しいです。

つまり、敬老の日は“今を生きる祖父母へ感謝する日”、秋分の日は“先に旅立った祖先をしのぶ日”。どちらも、先人たちに対する感謝を胸に抱く日であり、年を重ねればいずれ、自分も感謝される側に回っていく、そんな日でもあります。それはまさに、過去から未来へと続く「命のつながり」を静かに考えさせられる、そんな祝日だと言えるでしょう。

私がここに存在しているということは、必ず父と母がいるということ。さらにその先には祖父母が4人、曽祖父母が8人…。十代遡れば、なんと1024人もの祖先にたどり着きます。その中の誰か一人が欠けていたら、今の私は存在しません。そう思うと、自分という存在は“奇跡の積み重ね”の上に立っているのだと気づかされます。

また逆に考えれば、命は自分からも未来へと枝を広げていきます。もし二人ずつ子を持ち、その子がまた命をつないでいけば、十代後には1024人の子孫が生まれる計算になります。私がいなければ、その命は一人も存在しない。そう思うと、自分が生きている意味は、想像以上に大きく、そして重たいものなのだと胸を打たれます。

壮大なる命のバトン。その中心に立つのは今を生きる私です。命を託してくれた過去の先人たちに感謝を送り、その思いを抱えて次の世代へと渡していく。どうかこの秋は、身近な人生の先輩に「ありがとう」を伝えてみませんか。そして心の中で、空にいる大切な祖先へも同じ言葉を。その想いがあなた自身を温かく満たし、明日を生きる力へと変わっていくはずです。